おはようございます。どうです、寝起きは。いいですか。それともわるいですか。
まぁうちの患者さんにそんな人はいないと思うんですがね。これはそう自慢でもあるんですよ。なんたって当世きっての老舗病院ですからねぇ。江戸の頃より創業してますんで、ちょうどわたしで十三代目になりますよ。十三という数字が気になりますか。これもそれも、遠い異国のSさんの影響とでもいいましょうかねぇ。不吉ですか。初代もまた異国の技術やら習わしなんかをせっせと持ち帰った人でしたから、私がとやかく言うことはできないんでけどね。そんなことで白いおまんまを食べれるのも異国のおかげというわけです。
えっと、それでどんな症状ですか。
先生、すみません、やっと起きれました。夕べはどうも気になることがあって、なかなか寝付けなかったんです。実はですね、病室のそこの、ええ、欄間がありますでしょ、その欄間に彫ってある笛吹き童子が、昨夜ね、動いたんですよ。いえ、うそじゃありません。見間違い?違いますってば。夜半すぎに、なーんかいい音色がするなあ、と思って目を覚ましましたらネ、こう、金色の、先の広いフエを持った、丸裸の男の子がネ、目の前を横切ったんですよ。なんとも言えなーいいい音色でしてね。あたしはびっくりしてこう、がばっと起き上がりましたよ。そう、そしたら件の丸裸の男の子が、金色の笛を吹きながら、ふわーっと、そこの隣りのベbドの虎吉つぁんの上らへんをぐるぐる回っていました。そうねえ、その子は浮かんでたんですよ。あたしゃとっさにね、その欄間を思いだしたんですよ。そんときは暗くて見えませんでしたけどネ。アア、こりゃーきっと、笛吹き童子さまだ! いいものを見れた、ナンマンダブナンマンダブ・・・ってね。
エb?うそだろうって? うそじゃあありませんぜ先生。そしたら隣りの虎吉つぁんに聞いてみて下さいよ。あんだけ頭の上でピーヒャ宴sーヒャ奄竄轤黷トたんだから、ちっとは見てるだろうってもんですぜ。
オイ、虎吉つぁん、ヤイ、おきろってんだ。先生にいってやってくれよ、夕べの、おめえも見たろうが? おーい、虎吉つぁんってば。あれ? 先生? なんですか? 虎吉つぁんは・・・? ハア? 今朝、死んでたって? まあ八十七歳まで生きりゃあ大往生だろうって? ハア・・・だからあっしが見た笛吹き童子も夢かなんかだろうって? い、いや、それだけは! 確かに見ましたって、そういやあその童子さまの背中にゃあ鳥みてえな羽根がはえてたなあ。頭の上にゃあ眩しいキレイなわっかがこう乗っかって・・・。そういやあの様子は、虎吉つぁんが一つも枕元においてた分厚い本の挿し絵に出てくる子どもに似てたなあ・・・先生、ちょいと見てやって下さいよ、その本の、そう、ええと・・・この子です。・・・何?この子は笛吹き童子じゃあねエ、天使さまだって? 耶蘇教の、神様のお使いの子ども? そんな・・・・・・・
あーうっーーうううーうっうーーーあうっ。ごごっ、ゴシュジン様、お、お呼びでしょうか!わっわわたくし、エエッエンジェル浩二です。ななにぶん、久々なモンデ、うううまく話せませんがななっ何でもおっしゃってくださいませ。ととっところで、皆さんおあつまりで何かあったんですか。ええっ!!! ペナントレースでカープが8.5ゲーム差をつけて首位独走中げな! そっそれはこの浩二、てって天からエールを送ってた甲斐がありましたよ。さっさ幸男に、はっは早く伝えなくてはですね。えっ、幸男とは誰げなと。わっわ私が以前カープに居たときの同僚ですわ。えっえーですか、舌もようやくなっなめらこーになってきたところで、ちょっと自分のこと話しますわ。
わたくし、今はこのようにお二人がさっきブツクサ言ってたよーに、鳥みてえな羽付けて頭の上ワッカ付けてますがねー、遥か六十年ほど前はそりゃ男前で、赤ヘルなんて異名を付けられてぶんぶんバット振って、ホームランの山、築いてきたんです。その辺のこと、この「プロ野球名鑑83年版」と私の著書「赤ヘル、腹減る」に詳しく載ってますから、名鑑で記録の数々、名文句が沢山ちりばめてありますから、どうぞ読んでみてください。そっそう、裏表紙にサイン入れときますんでこりゃ値打ちありますよ。ほら、この数字。何かって、私の背番号でしたもんです。たしか、カープの八番はその後、永久欠番なったと聞いてますが。
えっ、今補欠に付けてるやつがいるげな。しかも、八番付ける選手は成長しないというジンクスがあって、チームも永久欠番にするとの噂もあると。そそそっそうですか。まぁ、どんな理由とも永久欠番にゃ変わりませんわ。そっそそれはそうと、ご主人様はどなたで。えっ! 誰もおまえなんか呼んでないと。それより、前から迷惑しているほどだと。困りましたねー。あなた、私を指差したでしょ。ほらその本の。いや、「赤ヘル、腹減る」じゃなくて、そっちの分厚いほうで。決まりなんですよ。その挿絵、指差したらお呼びだって。ねぇ。
あの・・・そこのお爺さん、お爺さん。面会時間はもう終わりましたよ。ええ、あなた。何ですか、そんな猿股一枚で赤いヘルメットなんかかぶっちゃって。エ? 何でスって? ええ、私はここの婦長です。長部すみよ、四五歳、これでも看護婦歴は二十五年、子供も立派に育て上げて、もウそろそろ永年勤続の温泉旅行も貰えるってもんです。エ?そんな事じゃない。もう!いいじゃないのよ、なんなのよ! ホントに、出てって下さい、ここは空き病室です! ハア? そうですよ。ここにはここ二カ月誰も入院されておりません。
そんなはず無い?いいえ!勤続二十五年のこのあたしが言うんですから、間違いはありません。は?寅吉?ヤス次郎?八十六歳の爺さん?中年の親爺?そんな人たちはいませんよ。さっきからぶつくさぶつくさ、カープがどうの、バットがどうの。物騒ったらありゃしない。ここは佃島中央病院!野球場じゃありません!
ハア?呼ばれてきた?御主人様?何いってんのかしら、このお爺さん。怖いわ。あら?・・・もしかして、地下病棟の患者さんかしら?いやだわ、こんなところに来ちゃうなんて。まあ。ちゃんと名札を胸に付けて下さいよ。ええと・・・モリ銃茂男さん。もうすぐ起床時間ですからね。
は?俺はカープの四番、ミスター赤ヘルだ?あたしは衣笠と山本しか知りませんってば。はいはい、さっさとして下さい、行きますよ!
「おはようございます。」
ハッ!これは坊ちゃん。おはようございます。イャわたくしなぜこんなところで。
「どうです、寝起きは。いいですか。それともわるいですか。」
そんな、そんな朝から坊ちゃんの顔を一番に見まして、どうして寝起きが悪くなりましょう。それより、またやっちゃいましたか、わたくし。昨日はここの婦長さん長部すみよさんの勤続二十五年パーチーで、はい。懐かしー顔の人も大勢いらっしゃって、そりぁ上機嫌で、飲んでた事は覚えているのですがねぇ。あっ!そうそう、昨日は患者の皆さんも余程重度の方でない限り、お酒もふるまわれて。そりゃ、みなさん楽しそうに飲んでましたっけ。
そうそう思い出しました。そんなこんなで大騒ぎしてたら、ホラ絶対安静のなっ何でしたっけ。地下病棟の方が突然入ってこられて。あのときは皆さん、顔面蒼白になられて。あとで聞いた話では、とても起きてこれる体じゃないとか。そしたら九年前にお辞めになられた、寅吉先生がいちはやく駆け寄ってきて。そうそう、あの先生ってオペがたいそう上手でかげで皆さんブラックタイガーなんて呼んでましたっけ。それにこのおんぼろ病院で、エッ?・・・イヤイヤ・・この伝統ある老舗病院で法外な手術料を取るとかで、結局何でしたっけ、一番上手な先生でしたが悪い噂がたちまして、追い出すような形で・・。あの時は坊ちゃんもさぞかしお辛い思いをしたかと・・・
それで昨日の晩ですよ。まさか、私も寅吉先生が来ていたなんて知りませんでしたからねぇ、駆け寄ったとき先生、冷や汗ながされていたのよーく覚えています。何でしょうねー。その後はご承知の通り。こんなおいぼれの私だって、記憶はしっかりありましてね。あの地下病棟の方、そうそう名札がついてましたね。えーっと、モリ銃茂男さん、モリ銃茂男さんです。何やら色々小道具用意してましてね。やっとこ、お止めなさったのが主役の婦長さんでしたから、さすがと思いまして感心してたのですよ。それから、私嬉しくなって、がぶがぶ飲んだようでさっぱり後は覚えてませんわ。それで、どうなりました?
「まぁうちの患者さんにそんな人はいないと思うんですがね。これはそう自慢でもあるんですよ。なんたって当世きっての老舗病院ですからねぇ。江戸の頃より創業してますんで、ちょうど私で十三代目になりますよ。十三という数字が気になりますか。これもそれも、遠い異国のSさんの影響とでもいいましょうかねぇ。不吉ですか。初代もまた異国の技術やら習わしなんかをせっせと持ち帰った人でしたから、私がとやかく言うことはできないんでけどね。そんなことで白いおまんまを食べれるのも異国のおかげというわけです。えっと、それでどんな症状ですか。」
|